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最も動物に優しい国に(獣医保健看護学類 動物と人の関係学ユニット 川添敏弘教授)

 獣医学群獣医保健看護学類動物と人の関係学ユニット(川添敏弘教授)では、動物愛護施設など群全体の健康を維持するシェルター・メディスンという新しい分野の研究に取り組んでいる。感情的になりがちな動物愛護の問題点を科学的な視点でとらえ、動物福祉の増進を目指す。川添教授は、「世界共通の動物福祉と、日本独特の動物愛護が融合することによって、日本は世界で最も動物に優しい国になれる」と話す。

円山動物園での研修

 シェルター・メディスンとは、動物保護施設(シェルター)における獣医療(メディスン)のことを指す。シェルターに保護された動物には、一般家庭でヒトとともに暮らす伴侶動物とはまったく異なる問題が横たわっている。
 「通常の獣医療は家庭で飼われている一頭一頭に合わせた医療を行いますが、保護施設などでは群全体が健康を維持できるような獣医療が必要になります。その手助けになるのがシェルター・メディスンです」(川添教授)
我が国では「殺処分ゼロ」の活動により、保健所は動物を処分する場所ではなく助ける場所へと変わっている。動物と人の関係学ユニットでは、感情的になりがちな動物愛護の問題点を科学的な視点でとらえ、シェルター・メディスンの観点から研究を進めている。
 現在、日本では多くの動物愛護団体が「殺処分ゼロ」を目指して保健所に持ち込まれた犬を引き取って飼育し、譲渡先となる飼い主探しや飼い主教育などに奔走している。その結果、殺処分数は大幅に減少し、譲渡先で幸せに暮らす犬が増えている。保健所などにおける犬の殺処分数は、1989年度には引取り70万頭の余りの大半を殺処分していたが、2019年度には引取り3万頭余りのうち5,635頭で、100分の1以下に減っている。川添教授は「譲渡により幸せになる犬は間違いなく増えています。動物愛護の観点からはとても素晴らしいことです。しかし、一方で動物の福祉が守られているかというと、そこには課題がたくさんあります」という。
 2019年に動物愛護管理法が改正され、保健所が引き取りを断ることができるようになった。その結果、ペットショップやブリーダーで売れ残った犬が動物愛護団体に押し付けられ、あるいは行方不明になってしまっている。また、「殺処分ゼロ」を謳う地方公共団体が実際には殺処分しているケースがある。ケガや病気、高齢などのため譲渡不適とされた犬の殺処分を除外しているからだ。表向き殺処分ゼロと発表して、裏では殺処分をしたり、外部に負担を押し付けたりするのは持続可能な方法ではない。それにもかかわらず「殺処分ゼロを達成」と行政が発表することに問題を感じなければならない。
 「『殺処分ゼロ』を達成する過程で歪みが生じたり、隠し事があります。その部分を学術的にとらえて、研究データを出し、社会を変えていくことが当ユニットの役割です」
 そのときに必要なのは、動物福祉の観点だ。犬を入れるケージの大きさは十分か、犬たちが病気になったときにそれを把握し病院に連れて行っているか、飼育に必要な人員は足りているか、寿命は一般家庭での飼育と比べてどうか。それらを数値化して初めて見えてくるものがあるという。
 動物の福祉を守るためには、飼育に関わる人たちの人数や時間、労力を計算し、保護できる犬の数を決める必要がある。譲渡できない犬が増えていくと、本来は受け入れる犬の数を制限せざるを得ない。ところが「殺処分ゼロ」を前提とすると、犬の命を助けるためにキャパシティを超えて受け入れざるを得なくなる。犬1頭当たりにかけることのできる時間は減り、病気の犬も増える。仮に受け入れ施設を増強しても、スタッフの数が変わらなければより忙しくなり、飼育の質が落ちる。「殺処分ゼロ」を至上命題とする限り、動物福祉がおざなりになってしまうのだ。ここに「殺処分ゼロ」と動物福祉の対立点が生じている。
 愛護団体の多くは「命の選別はしない」という理念の下、どんな犬でも引き受ける。中には病気や高齢のため譲渡できない犬もいる。多くの団体は受け入れ頭数に比べ人員が不足・高齢化しており、病気でも十分な医療や介護を受けられず、死ぬまで愛護団体のケージの中で過ごすことになる。動物愛護の立場からは、それでも生きている方がいい、と考える。しかし動物福祉の観点から見れば、これは動物虐待に他ならない。
 シェルター・メディスンや動物福祉では、安楽死を否定していない。動物虐待の状態に置かれるより、恐怖や苦痛を感じない方法で安楽死させることを選択する。
 「そこには明確な線引きがあります。世界共通の動物福祉の観点では虐待はやってはいけないこと。やってはいけないこと。人間には動物をきちんと管理する責任があり、それができないなら安楽死させなければなりません。『どんな状態でも生きている方がいい』と考える動物愛護は日本だけのものです」
 ただ、川添教授は動物愛護の理念も否定しない。
 「日本には八百萬の神の文化があり、動物にとてもやさしい文化を築いてきました。人の命も動物の命も軽く見てはいけない、という動物愛護の精神が息づいています。ただ、日本の動物福祉の現状は、先進国の中で最も動物の扱いが悪い国になってしまっています。動物福祉の視点を採り入れ、日本的な動物愛護を融合できれば、世界で最も動物に優しい国になれると思っています。そのためにシェルター・メディスンの手法を用い、研究データを示して『殺処分ゼロ』ありきではなく、目標とする社会に変容させていきたいと思っています」
 同ユニットは2021年4月に新たに発足し、現在ゼミ生は3年生9人。動物愛護管理センターや円山動物園で研修を行いつつ、動物とヒトの関係学を学んでいる。

ゼミ活動

円山動物園研修(象舎バックヤード)


ハンドリング実習


(月刊ISM 2022年1・2月号掲載)


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