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菌根菌の働きを可視化(循環農学類 作物栄養学研究室 小八重善裕准教授)

 作物栄養学研究室 (小八重善裕准教授)では、土壌の養分が作物に届く仕組みを研究している。そこには数多くの微生物が介在しているが、中でも小八重准教授が注目しているのはアーバスキュラー菌根菌(AM菌)だ。「土中の微生物の働きは目に見えないこともり、見過ごされがちです。そのメカニズムを可視化して実際の栽培に役立てるのが当研究室の役割です」と語る。

小八重善裕准教授

 窒素(N)・リン酸(P)・カリ(K)に微量要素を加えた化学肥料は、戦後の食料増産に大きな役割を果たした。化学肥料を活用した栽培体系が確立し、圃場に化学肥料を投入することで安定した食料生産が可能になった。しかし、化学肥料に頼り過ぎた結果、堆肥など有機物の土壌投入が乏しく、土壌が硬くなったり、地力が低下するなどの問題が発生している。化学肥料だけを与えていればいいという考えが通用しなくなってきているのだ。農水省は肥料取締法を改正。これまで禁止されていた化学肥料(普通肥料)と堆肥などの有機肥料(特殊肥料)を配合して使用できるようになった。酪農学園創立者・黒澤酉蔵の建学の精神である健土健民・循環農法が改めて見直されてきたとも言える。
 だが、有機物に含まれる養分が植物に届くメカニズムはほとんど解明されていない。
 「土中の微生物が有機物を分解して植物に必要な成分を供給するという形で介在していることはわかっていますが、それぞれが具体的にどのように働いているのかはわかっていません」
 と小八重准教授。土中には真菌(カビ・キノコなど)、細菌(バクテリア)など数多くの微生物がいるが、小八重准教授が注目しているのはアーバスキュラー菌根菌(AM菌)だ。菌根菌とは植物の根に感染し、共生する菌を指す。
 「4億5,000万年前、植物が海から陸に上陸したとき、陸上には土壌がありませんでした。植物が陸上進出を果たす上で活躍したのが菌根菌です。菌糸が養分を効率よくとらえて植物に供給します。中でもAM菌は最も古く、最も普遍的な共生関係を築いた菌根菌で、植物に最も近いところで働いています」
 AM菌の研究を進めるに当たり有効な武器となったのは、小八重准教授が開発した土中のライブイメージングだ。通常の顕微鏡はサンプルを薄くスライスして光を透過させて観察するが、土の中で実際に起きていることをリアルタイムで観察することはできない。そこで小八重准教授は、薄いガラス底のシャーレを作り、底にAM菌の胞子を入れ、シャーレの中で植物を栽培することで、土の中のAM菌感染を再現。GFPという光るタンパク質を使って、共生細胞に発現するタンパク質をラベリングし、それを倒立型の蛍光顕微鏡でシャーレの下からのぞき込むように観察できるようにした。これにより土の中で起きていることをリアルタイムで見ることができるようになった。

倒立型蛍光顕微鏡

植物の根と菌根菌



 AM菌は植物の根の細胞に入り込み、樹枝状体を形成する。樹枝状体を包む膜には、土中からAM菌が運んできたリン酸などを植物が取り組むための輸送体というタンパク質が発現する。この輸送体を蛍光ラベルした遺伝子組替えイネを作って倒立型蛍光顕微鏡で見ると、イネが土中で養分を吸収する場面を観察することができる。
 「AM菌と植物の共生関係は極めて安定的で、4億年以上にわたって途切れることなく続いていると考えられています。ところが、観察してみると、2~3日で樹枝状体が細胞の中から消えてしまうことがわかりました。安定した共生関係にも寿命があるということです。その理由はまだわかっていません」

根の細胞に入り込む菌根菌

細胞の中で樹枝状態体を作る


 AM菌は土中の有機物を分解する酵素を持っていない。土中のリン酸を植物に届けるだけだ。したがってAM菌が必要とするエネルギー源は100%植物に依存している。リン酸を供給する代わりに有機物を受け取ることで共生関係が成り立っている。
 「おそらく細胞の中で有機物を受け取って、樹枝状体をある程度大きくしたら、それ以上は大きくなれないので、細胞から逃げ出すのだと思います。細胞に入り込み、一定量の養分をもらって脱出することでAM菌は増えていく。なぜそんなことをするのか、実に不思議な現象です」
 AM菌は土中のリン酸を植物に供給するが、リン肥料を大量に投入した畑ではAM菌との共生が抑えられることがわかっている。また、植物は根のごく近くの養分しか吸収できず、一方でリン酸は鉱物に付着しやすく、化学肥料として投入されたリン酸の多くは作物に吸収されることなく土壌に蓄積していく。さらに、リン酸資源はあと数十年で枯渇すると言われており、これまでのように安価な化学肥料として利用することが難しくなる可能性が高い。有機物を投入してAM菌の働きを強化することにより、土中に眠っているリン酸を有効活用できる可能性があるのだ。
 化学肥料の使用量は年々減少し、有機肥料の使用量が増えている。これは世界的なトレンドだ。だが、圃場への堆肥などの投入は、これまで経験知頼み。そこに科学は存在していない。小八重准教授は、
 「有機物が土壌微生物により分解され、どのように養分が植物に届くのか。そのメカニズムを解明し、知見をフィードバックして栽培に生かす。それが当研究室の使命です」
 と語る。AM菌はリン酸などの養分が植物に届く最末端の役割を担っている。その手前には、AM菌以外の無数の微生物が複雑に作用しており、将来は他の菌根菌や微生物も研究対象になり得るという。
 同研究室のゼミ生は2020年度で3年生7名、4年生6名の計13名。3年前に開設した研究室なので、卒業生はまだ1期だけだが、農協や農業改良普及員など農業関係や食品関係への就職が多い。

(月刊ISM 2021年4月号掲載)


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